現在、岩波ホールで上映中のヴェルナー・ヘルツォーク監督作品「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」に関連しまして、異郷・辺境を旅してきた巨匠ヘルツォーク監督の日本未公開作品を含む計6作品を特集上映致します。ぜひご注目くださいませ。
特集上映について、プログラム・アドバイザー兼字幕担当者よりコメント
異郷の探索者ヴェルナー・ヘルツォークの作品にはドキュメンタリー的な要素が欠かせない。それは劇映画でも変わりなく、人類が見たこともないような秘境を旅し、未曽有の大災害に飛び込み、時には人間の心の暗黒面に迫ってゆく。ヘルツォークのモットーである「陶酔的な真実」とは、その光景に向き合った者に圧倒的な感動と畏怖として開示されるものだろう。だが戦後ドイツ世代としてヘルツォークは、映像による大衆操作の危険も自覚している。彼は風景のロマンティシズムに耽溺することなく、観察者の冷静さを失わない。それは文明社会が培ってきた制度や価値観に徹底的な懐疑を向けるアウトサイダーの態度に他ならない。世界を渡り歩きその出会いを記録しながら、ヘルツォークが自分と同じ漂泊者(ノマド)の魂をブルース・チャトウィンに見出したのだろう。彼らはカフカの掟の門前での求道者のように世界の圧倒的な謎の前で立ち尽くす。だがヘルツォークは絶望せずに進み続ける。そのユニークな功績を改めて日本未公開のドキュメンタリーを中心に辿ってみたい。それはチャトウィンの旅の伴侶としても最適の参照資料となるだろう。
渋谷哲也(ドイツ映画研究者/日本大学文理学部教授)
開催日時:7月13日(水)~7月18日(月・祝) 連日16:30から
料金(当日券のみ):一般・学生・シニア(60歳以上)1,500円|エキプ会員1,400円|小中高生1,200円(1プログラム2作品上映 ※「生の証明」のみ1作品上映)
<上映作品の概要>
■「彫刻家シュタイナーの大いなる陶酔」Die große Ekstase des Bildschnitzers Steiner/The Great Ecstasy of Woodcarver Steiner
1974年/ドキュメンタリー/45分/ドイツ語/西ドイツ/DCP *新訳版上映
普段は彫刻家として働いているスイス人のスキージャンパー、ヴァルター・シュタイナーが、世界記録に挑戦する。死の危険と隣り合わせの競技に、狂気にも似た恍惚状態で臨むスキージャンパーたちの様子が映しだされる。ちなみにシュタイナーは、1972年の札幌オリンピックで、銀メダルを獲得している。
■「ウォダベ 太陽の牧夫たち」Wodaabe-Die Hirten der Sonne/Herdsmen of the Sun
1989年/ドキュメンタリー/49分/ドイツ語・英語・フラ語/西ドイツ/DCP *日本初上映
サハラ砂漠に住むフラニ族系の遊牧民ウォダベの風習や文化を映したドキュメンタリー。とりわけ、彼らの「ゲレウォール」という祭に焦点が当てられるが、これは、男たちが妻を得るために化粧をし、互いの美しさを競い合う祭である。監督はこの映画を、ブルース・チャトウィンが亡くなる前にみせている。
■「ガッシャーブルーム 輝ける山」Gasherbrum-Der leuchtende Berg/Gasherbrum-The Dark Glow of the Mountains
1985年/ドキュメンタリー/45分/ドイツ語/西ドイツ/DCP *新訳版上映
1984年に、ヒマラヤのカラコルム山脈にある8000メートル級のガッシャーブルームⅠ峰とガッシャブルームⅡ峰の登山に臨んだ、伝説的な登山家ラインホルド・メスナーとハンス・カンマーランダーを記録したドキュメンタリー。地の果てで、不可能なことに挑戦する男たちの執念を描く。
■「生の証明」Lebenszeichen/Signs of Life
1968年/劇映画/90分/ドイツ語/西ドイツ/16mm
ヘルツォーク監督の長編第一弾。第二次世界大戦中、ギリシャのコス島を警備するために、3人の兵士が送られる。だが、平穏な任務に耐えられず、彼らのうちのストロシェクが、次第に狂気と破壊願望にとらわれる。ブルース・チャトウィンは本作に登場する1万機の風車が回転するシーンが大好きで、“錯乱の風景”と呼んでいた。
■「闇と沈黙の国」Land des Schweigens und der Dunkelheit/Land of Silence and Darkness
1971年/ドキュメンタリー/85分/ドイツ語/西ドイツ/16mm
バヴァリア地方に住む盲ろう者のフィニ・シュトラウビンガーを追ったドキュメンタリー。子どもの頃に盲ろうになったフィニは、30年あまり家に閉じ込められていたが、56歳の時に、自分と同じ境遇の人々をサポートし始め、この世界で生きていく困難さを分かち合う。監督が、自分の心にとても近しいと表現している、特別な作品。
■「スフリエール」La Soufrière/La Soufrière
1977年/ドキュメンタリー/30分/ドイツ語/西ドイツ/16mm
カリブ海のグアドループ島にある火山が爆発するという情報が流れた。ほぼ全ての島民が避難するなか、現地にとどまっている農民がいると聞きつけたヘルツォーク監督は、撮影クルーと共に島へ赴く。死の覚悟をしていると言う島民を取材した作品。ヘルツォーク監督をして、これまでで最も困難な状況での撮影だったと言わしめた作品。
7月13日(水)「ウォダベ 太陽の牧夫たち」(49分)+「彫刻家シュタイナーの大いなる陶酔」(45分)
7月14日(木)「ウォダベ 太陽の牧夫たち」(49分)+「ガッシャーブルーム 輝ける山」(45分)
7月15日(金)「ウォダベ 太陽の牧夫たち」(49分)+「彫刻家シュタイナーの大いなる陶酔」(45分)
7月16日(土)「ウォダベ 太陽の牧夫たち」(49分)+「ガッシャーブルーム 輝ける山」(45分)
7月17日(日)「生の証明」(95分)
7月18日(月・祝)「闇と沈黙の国」(85分)+「スフリエール」(30分)
<監督プロフィール>
ヴェルナー・ヘルツォーク(映画監督/1942年、ドイツ生まれ)
1960年から60作以上、映画の監督、脚本、プロデューサーを務める。ヴェンダースやファスビンダーと並ぶニュー・ジャーマン・シネマの旗手。『カスパー・ハウザーの謎』(74)でカンヌ国際映画祭審査員グランプリ、『フィッツカラルド』(82)で同監督賞を受賞する。日本では1983年に『アギーレ・神の怒り』(72)が岩波ホールで初めて劇場公開される。ドキュメンタリー作品も多く手がけていて、日本では2012年に『世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶』(2012)が公開され、岩波ホール最後のロードショー作品として、『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』(2019)が10年ぶりに劇場公開となる。
受賞・ノミネート:アカデミー賞ノミネート(1983, 2009)、エミー賞ノミネート(2009)、2020 全米撮影監督協会 ボードオブガバナー賞、2019 ヨーロッパ映画賞 生涯貢献賞、2013 ドイツ映画賞 ドイツ映画界への貢献賞、2006 全米映画協会ドキュメンタリー部門最優秀監督、2006/2012 全米映画批評家協会賞 ノンフィクション映画賞、など。
主催・岩波ホール、サニーフィルム 特別協力・ゲーテ・インスティトゥート東京
上映協力・アテネフランセ文化センター、鈴木映画|プログラム・アドバイザー & 字幕翻訳・渋谷哲也|DCP制作・大谷和之|デザイン・成瀬慧 © Werner Herzog Film GmbH