「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」の公開にあわせ、2022年6月26日(土)に開催された、P3 art and environment 統括ディレクターの芹沢高志さんのトークイベントをまとめました。ぜひご覧ください。
MC :本日のトークゲストの芹沢高志さんをお迎えします。芹沢さんは、P3 art and environment の統括ディレクターをされていますが、ブルース・チャトウィンの『パタゴニア』の翻訳をされていらっしゃるため、本日、お招きしました。芹沢さん、どうぞお入りください。私は岩波ホールの矢本と申します。ふだんは、宣伝を担当しています。拙いですが、本日はMCを務めさせていただきます。芹沢さんは、プロフィールが少し複雑な方なので、ご自身でお話しいただくほうが良いかな、と思っております。もとは地域計画がご専門ですが、翻訳もされているということで、今日は、『パタゴニア』と、ブルース・チャトウィンについて、お話しを伺おうと思っております。芹沢さん、どういうことを普段やっていらっしゃるか、少しご説明いただけますか?
芹沢さん :改めて、芹沢高志です。今日はよろしくお願いします。実は自分が何者かを説明するのが、一番難しいのですが・・・。僕自身は、もともと都市とか地域の開発とか、環境計画の仕事をしていました。そこから、偶然というか、色んないきがかりで現代アートと触れることが大きくなっていき、現在は、色んなアートプロジェクトといわれているもののディレクションをやることが多いです。例えば、来年の秋にさいたま市で開かれる、さいたま国際芸術祭2023のプロデューサーをやっています。
MC :それは、アーティスト集団の“目”が、ディレクターをされるのですよね?
芹沢さん :そうです。もともと、自分がランドスケープや環境関係の仕事をしていたこともあり、美術のための空間ではないところで、アート関係のプロジェクトを展開することが多いです。帯広とか、横浜トリエンナーレ、その一環で、大分県の別府で3回ほどトリエンナーレを続けたり。最近だと、さいたまトリエンナーレがそうですね。
MC :今回、芹沢さんをお呼びしたのは、昔、『パタゴニア』を翻訳されているからなのですが。もともとは、芹沢高志さんと芹沢真理子さんが、一緒に翻訳されたのですよね。現在、流通しているこちらの文庫本は、芹沢さんの奥さまの芹沢真理子さんの翻訳となっていますが、その前に、『ウィダの総督』を翻訳されたと聞きましたが。
芹沢 :話が長くなってしまいますが、かいつまんで話します。自分は都市開発の仕事をしていたのですが、1980年代の半ばに、四谷にある東長寺(とうちょうじ)という禅寺が、開創400年ということで、そこの新伽藍を建設するプロジェクトに加わったんですね。境内の地下を掘りぬいて、講堂を作って、そこを現代文化に解放しようという計画を立てていました。それを運営していくチームとして、P3を作りました。
MC :P3が始まったのは、1989年でしたね?
芹沢 :それはオープンした年で。計画段階としては、1985年ぐらいから。どういう方針で、それをやっていくかを考えた時に、活動のコンセプトとして、「精神とランドスケープ」ということを考えたんです。自分の内面と、外の世界との間の、相互作用を追っていくような仕事をしたいな、と思っていました。ちょうどその頃、親交のあった出版社のめるくまーるから相談がきたんです。ロバート・パーシグという人の『禅とオートバイク修理技術』という本の新訳を出版して欲しいという話が、その会社に持ち込まれたので、どう思うか、という相談でした。この『禅とオートバイク修理技術』は、ヒッピー世代にとってはバイブルのような本なのですね。あともう一つ、チベットや、ネパールのゲストハウスに行くと、必ず1冊はあるような、『雪豹』という本がありました。THE SNOW LEOPARD。それが、まだ日本では翻訳されていなかった。
だったら、『禅とオートバイク修理技術』と、『雪豹』を核にすれば、今でいう、トラヴェローグですが。旅行記と言っても、あそこの景色がきれいとか、ここの食べ物が良かったといったガイドブックではなく、歩いたり、動いたりすることによって、自分の内面も変わっていくような、そんな本を紹介できないだろうかと。ちょうどお寺のほうで、「精神とランドスケープ」という方針で活動を展開しようと考えていたので、シリーズのタイトルを、「精神とランドスケープ」と名付けて、トラヴェローグのシリーズが作れるのでは、と思ったのです。
1冊持ってきましたが、ピーター・マシーセンの『雪豹』です。めるくまーる社も面白そうだからやってみよう、ということになった時、ラインアップを決めようということで、考えて、10冊ほど翻訳・出版をしました。その時、僕自身は英文学をやってきたわけではないから、どうしようかなと悩んだのだけど。一つ思ったのは、友人にライアル・ワトソンという生物学者がいて、彼の『未知の贈り物』という素晴らしい本があり、その本の文献リストに、アニー・ディラードの『Pilgrim at Tinker Creek』という本があり、絶賛していたんですね。僕自身は環境計画をやっているなかで、バックミンスター・フラーを少し追っていたのですが・・・。違うところで、バックミンスター・フラーも、ディラードの、「ティンカー入り江の巡礼者」、という訳になるのかな? その本のことを凄く褒めていた。かなり癖のある2人だけど、敬愛している2人が「この本は凄い」と言っているから、それを探してみようと思って。この近くの東京堂の洋書売り場に、『Pilgrim at Tinker Creek』を探しに行ったんです。うまく見つかったんだけど。その横に薄い本があって。とにかく、その頃は本を探さないといけないから、手にとってみた。今日、久しぶりに持ってきましたが、『The Viceroy of Ouidah』という本。まあ、見つけたというより、何気なく手にとった。その最初のページを見たら、何というのか、テンポというか、文体が良かった。あと、文章が短いんですよね。僕は英語がペラペラで翻訳しようと思っている訳じゃないから。だって、これ薄いでしょう?
MC :ちなみに、その本が、『ウィダの総督』ですよね。今は、明治大学の旦敬介(だんけいすけ)さんが翻訳されたものが、みすず書房から、『ウイダーの副王』というタイトルで、2014年に出ています。芹沢さんが訳した版は、『ウィダの総督』というタイトルで。1989年に、めるくまーる社から出ていますが、それを翻訳されたのですよね?
芹沢 :そうです。だから、知らない、ということの強みですよね。文章が短いし。これなら、すぐ翻訳できるかな、と思ってね。それで裏表紙をみたら、この人の処女作の『In Patagonia』という本がもの凄く絶賛されていて、色んな所で褒められている。それで、これも凄い本なんじゃないかと思って、取り寄せていただいて、手に取った。それが、『パタゴニア』との最初の出会いですね。
MC :それを、芹沢高志さんと芹沢真理子さんが翻訳された?
芹沢 :それがね、本当に恥ずかしい話なんだけど。僕自身はシリーズを組んで、「さあ、やるぞ」と思って。もちろん、一人じゃできないから、色んな人と一緒にやっていくんだけど、ブルース・チャトウィンに関しては、自分でやろうと思っていたんだけど・・・。そのうちに、お寺の建設計画がもの凄く忙しくなってしまって、全然、翻訳が進まないのね。横で、パートナーですけど。真理子が、「それじゃ、手伝ってあげる」と言いだして。彼女も、まあ、英語は出来るけれども、僕と同じように経歴はね、建築やったり、モダンダンスやったり、色んなことをやっている人間だったんですけれども。翻訳作業を進めてくれたのです。そのうち、彼女のほうがのめり込み始めて、ほとんど翻訳してくれた。シリーズを組んだり、最初の出だしには僕も関与しているし、出来上がりに関しては一緒にやっていたから、最初は共訳で出そうということで、めるくまーるから出したんですが。その後、河出書房新社さんが、池澤夏樹さんの『世界文学全集』に入れてくれたりして。今は、こういう文庫本になりました。
MC :それが、2017年に文庫化された版ですね。今日、河出書房新社の島田さんもいらっしゃる予定だったのですが、来られなくなってしまいましたけれども。『パタゴニア』の出版の背景について、前に島田さんから伺っていまして。池澤夏樹さんが、『世界文学全集』に『パタゴニア』を入れて、その時の翻訳の見直しを、芹沢真理子さんが中心にやってくださったので、2017年の文庫化の際に、クレジットが芹沢真理子さんのみとなった、と伺いました。
芹沢 :共訳で僕の名前を出したら、詐欺だからね。お前がやったんだから、ぞんぶんにやって下さいと。めるくまーる版の時から、のめり込んでいるから。この1冊だけなんですけど。とにかく、ずっと手を入れ続けているからね・・・。一応、この文庫を作る段階になって、彼女としても、完全に納得するものを作ったようです。
MC :この映画、「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」も、一番最初は、『パタゴニア』をブルースが読んでいる、「ブロントサウルスの皮」のエピソードから始まります。
芹沢 :そうだよね。
MC :私もチャトウィンは、2017年に芹沢さんがfacebookであげていらした芹沢真理子さん版の『パタゴニア』に興味を持って、読んだのですが。凄く面白くて。
芹沢 :ありがとう。
MC :私たちは映画館なので、ちょっと・・・岩波ホールの話で恐縮ですが、配給会社さんから色んな映画のオファーが来て、私たちで映画を観て、どの作品を上映するのか決めるんですが。その中に、この映画があって。チャトウィンが、ヘルツォーク監督と友達だったこととか、私は全然知らなかったので、とても驚きました。あと、『ウイダーの副王』も、「コブラ・ヴェルデ」の原作だったのか? とか、その二つが結びついていなかったので。本当に、この映画を観て、吃驚したんですけれども。今回、映画をご覧になられて、芹沢さんは、どのような感想を抱きましたか?
芹沢 :ヘルツォーク監督の映画は、そんなに観ていないんだけど。今回、この映画を観させていただいて、一人のノマドの、もう一人のノマドに対するオマージュというか。けっして、伝記映画ではなくて。自分たちが信じている、良いと思っている世界観を、みんなに伝えようとして作ったのではないかな、と思いました。
MC :ヘルツォーク監督も、「これは伝記映画ではない」と仰っています。時にはブルースの存在を感じながら、ブルースも同じこの景色を見たのだろう、と思いながら撮影したと。二人ともある種、変人なところがあるんですが、“歩く”、ということで結びついている。歩くことの概念というか、それを、“聖なるもの”と捉えているんですね。その部分で、二人には通じ合うものがあったようで・・・。ブルースは、それを文章で、ヘルツォーク監督は映像で、それぞれの思想を表現しているのかな、と思っています。
芹沢さんと今回、トークゲストにお呼びする前、やり取りをしていた際、芹沢さん、実はブルース・チャトウィンと、ひょんなことからお会いしたと伺ったのですが。たぶん日本ではブルースと会っている方は、あまりいないと思うので。その時のエピソードを、教えていただけますか?
芹沢 :本当にね。自分の人生、偶然で生きているなぁ、と思うんですけど・・・。この映画で、チャトウィンの最後の頃の姿を見て、感無量というと、あれだけど。一度、お会いしたせいもあるんですけど。僕自身に、松尾芭蕉を改めて思い出させてくれた、というか印象づけてくれたのが、ブルース・チャトウィンなものだから。あの有名な句ですが、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という。彼の最後のほうの姿を見ながら、ジーンとしちゃったのですが。
MC :最後のシーンは、凄く印象に残りますよね。私は岩波ホールの人間なので、たまたま、この映画が最後になってしまったのですが。うちは、一年後ぐらいまで作品を決めているのですが、閉館によって、何本かできなくなってしまったんです。それで、この「歩いて見た世界」が、偶然、最後の上映作品になってしまったんです。私は宣伝担当なので、字幕ですとか、準備のために10回ぐらいは観ているのですけど。一番最後のシーンを、最初に観た時から1年後ぐらいに、改めて観てみて、岩波ホールとオーバーラップしている、と思ってしまって。「本は閉じられた」、といってブルースは亡くなってしまうけれども。でも彼の意思は、それを受けとめた人々にそれぞれ残るし、最後のシーンを歩いていくのも、ブルースかもしれないけれど、私たちかもしれない、と思いました。そういう意味では、この作品が最後になったのは、偶然ですけれど、逆に、よい終わり方というか、よい閉め方になっているのかもしれないと。そういえば、『奥の細道』ですが。たしか、ブルースはそれを持っていたのですよね。
芹沢 :そうそう。ブルースにお会いした、というのも変な話でね。彼、中国で調査をしていたんです。
MC :1980年代の半ばですよね。
芹沢 :連絡がきたのは、1986年の夏だったと思うんだけど。中国で調査をしていて、妹の結婚式でアメリカの西海岸へ飛ぶのに、ストップオーバーで東京に寄るからと。極東で、自分の本を翻訳している奴がいるらしいと聞きつけ、会いたいと、エージェントへ連絡がきたらしくて。その、イングリッシュ・エージェンシーから、めるくまーるへ電話があって。「今日の夜、チャトウィンが会いたがっているから、来い」と。なんで日本に来てるんだろうと思って。このシリーズを一緒に手掛けた、編集者の金坂留美子と2人で、まだよく覚えているけど、青山のプレジデントホテルへ行ったのね。彼が部屋から降りて来たんだけど、普通のジーパン姿で。そんなに有名な作家なのか、というか、もの凄くファミリアというか、気さくなんですね。とにかく、よく喋る。
MC :映画に出てくるニコラスさんという伝記本を書いた方も、ブルースはよく喋ると言っていましたが。
芹沢 :ロビーで会って、20分ぐらい喋っていて。僕らが喋ったの、自分の名前とこんにちは、ぐらいなんですよ。
MC :何をそんなに喋っているんですか?
芹沢 :いや、なんで、中国からカリフォルニアへ行くのか、とか。イングリッシュ・エージェンシーもいたから、少し事務的な話もしたと思うんですけど。エージェントの人たちは、「じゃあ、ご紹介したから、これで」、と帰っちゃうの。三人だけ、ロビーに残されちゃって。これで、アリガトウゴザイマシタ。サヨウナラ、という訳にもいかないし。「ちょっと飲む?」とか聞いたら、「行く、行く」と、物凄い軽いんですよ。「青山で飲むってのもな」と、タクシーで新宿三丁目へ行って。鼎(かなえ)だったかな? 「日本酒はわりと好きだ」とか言って、とにかく好奇心の塊みたいな人で。次々と、あそこにある銘柄を、全部飲んだんじゃないかな?
MC :お酒に強い方だったのですか?
芹沢 :そう。あと、途中から「焼酎とはなんだ?」とかいって。知らなかったみたいで。「スピリットだ」とか言ったら。よく飲んで。料理とかとるでしょう。すると、「これはなんだ?」とか聞いてきて。「ホタルイカ」とかいうと、「イカはな・・・」とかいって、次々と話が出てくる。細かい話はもう覚えてないけど。ロシアのこととか、今でいうウクライナとか、非常に複雑な土地のところにあるロシア正教の文化とか、小さい村の、人種的にも宗教的にも、何かアメリカのアーミッシュとかに近いものを感じたけど。その話を延々として。そしたら、急に話が飛んで。今までいた中国の話になって。そのあと、俳句の話になって・・・。しかも、よく知っているの。急に英語で、ある句を詠んで、「これは誰の俳句だ?」 と聞かれて。本当に、僕も金坂も、意気消沈しましたけどね。日本にいるくせに、俳句なんて、芭蕉と蕪村ぐらいしか名前を知らなくて。何かどっかで聞いたような気がするんだけど、分からない。彼が、その句の良さを説明してくれたり。どこかに書いてあったかもしれないけど、凄く印象に残ったのは、パタゴニアに出かける時に、ブルースは、聖書と、『奥の細道』をリュックに入れて、ディープサウスに向かったんだと言っていた。ペンギンブックスの『奥の細道』の翻訳版は、『The Narrow Road to the Deep North』というタイトルでしたからね。
MC :『奥の細道』と一緒に聖書も持って行っていて、面白いですね。
芹沢 :そう、面白い。とにかく話自体が、聞いたことがないことや、土地について、どんどん話しているの。早口だし、聞いているだけで、疲れちゃって。もう受け答えは、金坂に頼んで。横でやることないから。チャトウィンの顔を見ていたの。この映画ではあまり感じられないかもしれないけど、額がひいでている人で。とにかく、横で見てるから。(額を指しながら) ここが出ているのね。それを見ていて、だんだん、皆も酔っぱらってきてるし。横で見てて、この頭の中に、色んな経験と知識が詰まってるんだろうなぁと思いながら、おでこをずっと見ていたことを、今でも思い出しますよ。
MC :凄いですね。35年たっても覚えているんですね。
芹沢 :そう。まさか、亡くなるとは思っていなかったし。とにかく、チャーミングな人であることは確かで。話にひきこまれるし。ふと気づくと、夜の22時になっていて。4~5時間のうち、4時間ぐらいは、チャトウィンが喋っているんだけど。明日、カリフォルニアなんだったら、もう帰ろうかということになり。金坂も帰ってしまったから。二人で丸の内線の新宿三丁目駅のホームまで行って、そこで、「ところで、お前は何やってんの?」とブルースに聞かれて、「僕は地域計画だ」と答えたら、「そうか、地理学は面白いよな」とか言っていて。他に、翻訳でもしているのかと聞くから、バックミンスター・フラーの本を紹介しようと思っていると言ったら、パッと顔が変わって、「アメリカで、彼の講義を一度聞いたことがある」と言っていて。「バックミンスター・フラーはね」と言った時に、ちょうど電車が入ってきて、何か言ったんだけど、音にかき消されて、よく聞こえなかった。「こっちか」と言うから、「そう」と言ったら、飛び乗って、「see you again」ですよね。「またね」、という感じで。電車は、混んでいた気がするけど・・・。ドアが閉まって、彼が手を振っている姿は、本当に数十年経っても、目に焼き付いていますね。
その次の年。たしか半年ぐらいしてかな? 事務的なことで手紙を出したら、お手紙が返ってきて。実は中国を旅行した後、変な病気になってしまった。医者がつきとめたら、原因不明の病気だと。その話も小説みたいで、ヘンテコリンなんですけど。中国のある地方の風土病みたいなものだと。ウィルスで。より正確にいえば、そこで死んだ10人の農民の死体から見つかった病気だ、といったことが書いてあったのね。医者は、生存率0、と言っていると。まあ、彼らしい書き方で。ユーモアとは思わないけれども、淡々と書いていて。でも、心配しないでくれ、一時はベッドから立ち上がれなかったけど、ずいぶん良くなって、車椅子にも乗れるようになったからと。どうも、中国で感染したせいかもしれないけれど、東京でも、体調が素晴らしかった訳じゃないし、時間も限られていて、東京を歩けなかったから、今度治ったら行くから、一緒に歩こうと、と書かれていて。快方に向かっていると書いてあるから、良かったなと思って。
それから、しばらくして、映画にも出て来たけど、奥さんのエリザベスから、亡くなったと手紙をいただいて、愕然としました。エリザベス自身も、エイズとは書いてなかったけど。どうも、色んな人から聞くと、当時は、ニューヨークあたりのアート関係の人もバタバタと倒れていたから。エイズと聞いて、ショックではなかったけど、とにかく、あの時、新宿三丁目のホームで、「see you again」と言いながら別れたことを思い出してね。まあ、急に、突然、消えてしまったがゆえにね。自分のなかではどうしようもない、悲しい、というよりも、「ああ」と言う感じですよ。とにかく、翻訳しなくてはいけない、という使命感が出て来て。と言いながらも、全て、かみさんに任せてしまって。そんな思い出があります。
MC :私は、『パタゴニア』を初めて読んだ時に、実は、芹沢さんの『別府』という本を思い出したんです。先ほど、別府の芸術祭の話をされていましたけれども。この本は、別府なんだけれども、別府じゃない話が書かれている。この『パタゴニア』も、パタゴニアを訪ねているけれども、全然違うことが、けっこう書かれていて。
芹沢 :そうかもしれないね。
MC :そこが、ブルース・チャトウィンの面白さというか。先ほど芹沢さんが仰っていたように、ブルースは何か話していると、すぐに頭の中で、違う話題に移っていく感じなのですね。何か話していると、こっちの話題、またさらに別の話題へと・・・どんどん切り替わる。ブルースは頭の回転が速い方で、そういった点が、この『パタゴニア』にもあらわれているのかな、と思いました。
芹沢 :どっちが先なのか分からないけど。本当に、文体というか、リズムみたいなものだけども。それに関しては、凄く惹かれるものがあって・・・。自分が持っているリズム感と、彼の持っているリズム感が、上手く波長があったのかもしれないし。逆に、彼の本につきあっていくなかで、自分が影響を受けて、そういう風になったのかもしれないけど。一個一個の文章が短くて、それが、ちょっとした塊になって、その塊がずっと、複層的に出てくるでしょう? これの話と、これの話が、直接、関係があるような、ないような。次々とヘンテコリンな話が、エピソードの塊みたいになっているし。本当に、一つだけ言っても、『パタゴニア』の出だしが凄いと思うんだけど。映画にも出てきてたけど、家の戸棚の中に、ブロントサウルスの皮があると。お祖母さんに、ずっと、あれをくれ、くれと言っていたのに、捨てられてしまう。時代の背景も、さりげなく重ねられていく。ちょうど冷戦がだんだん厳しくなっていって、核戦争の脅威があって、子どもの頃のチャトウィンは、ビクビクしていた。どうも南半球の果てにまで行くと、死の灰は飛んでこないのではないか、とかね。色んな話が、一枚の皮から始まって、パタゴニアに行くまでの、本当に短い文章だけど。その時代の状況や彼の個人的な思いなどが、ぐっと凝縮されていて、我われを違う世界に連れて行ってくれる。それが素敵だなと思いました。
MC :そうですよね。今回、ブルースの本をたくさん売っているんですけれど。実はすごく沢山売れていて。『パタゴニア』は、昨日までに120冊売れていることを、さっき確認したんですが。今日のお客さまは、読んでいらっしゃる方が多いと思うのですが、もし、今までチャトウィンの本を読んだことがない方がいらっしゃいましたら、本当に不思議な魅力のある文章を書かれる方なので。ぜひ、この機会に、チャトウィンの本を読んでいただけると、有り難いのですが。
芹沢 :ぜひ購入していただけると、家に帰って、奥さんに褒められますので。
MC :そうですよね。真理子さんに、よろしくお伝えください。それでは、そろそろ、お時間ですので。こんな感じで終わらせたいのですが。実は、ヘルツォーク監督の特集を、アップリンク吉祥寺でやっています。映画のなかに出てくる「コブラ・ヴェルデ」も上映しますので。これは、『ウイダーの副王』が原作ですけれども。ヘルツォーク監督の作品を観る機会はなかなか無いので、ぜひお出かけください。あと、芹沢さんには今回、文章をお願いできなかったのですが、池澤夏樹さんなどが書いてくださっている映画のパンフレットもお売りしていますので、もしご興味ありましたら、お読みいただければと思います。芹沢さんは、何か宣伝がありますか?
芹沢 :いえ、これだけ宣伝していただいたので、大丈夫です。
MC :あと、7月の半ばに、6日間だけなのですが、ヘルツォーク監督の初期作品を上映します。この映画にも出てくる、「ウォダベ」とか「生の証明」などを、数本、ゲーテ・インスティテュートにお借りして、アテネ・フランセさんのご協力を得て、上映することになりました。いま準備中で、チラシもまだ出来ていないのですが。ホームページに情報を出しております。6日間だけですし、16:30の回だけなのですが、お時間の余裕がありましたら、ぜひお出かけいただければと思います。この映画そのものは、7月29日まで上映いたしますので、まわりの方で好きそうな方がいらっしゃいましたら、ご宣伝ください。今日はお忙しいなか、芹沢高志さん、お越しくださいまして、本当に有難うございました。